いつのまにか無くなってしまうものが世の中にはたくさんあります。ご近所の風景から文化遺産、廃墟、自己の存在意義まで、管理人が魂込めて贈るメッセージです。
by neo-trip
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カテゴリ:古道を歩く( 3 )

奥の細道の終わりの地、大垣。お城もあるよ。

岐阜県大垣市には、松尾芭蕉が「奥の細道」の旅を終えた場所がある。水が豊富で、川の感じは近江の町に近い。最近記念館が出来てこの町は、ちょっとした松尾芭蕉ブームとなっている。
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記念館にて
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水路が美しい
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江戸時代の灯台
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水路
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お約束の芭蕉の像
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俳句の碑がいっぱいある
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水路
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大垣の街並み
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大垣の街並み
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大垣の街並み
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大垣城と城主、戸田氏鉄(とだうじかね)。ちなみに家康のお気に入りだったようだ。
大垣は水まんじゅうが有名で、記念館に売っていたので大垣城を見た後で買おうと思っていたら売り切れていた。奥さんが私のことを「あんたのやることはいつも後手後手なんだよ。」と言っていたのを思い出した。

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by neo-trip | 2012-05-16 22:06 | 古道を歩く | Comments(0)

高天神城跡、甚五郎抜け道

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徳川と武田の厳しい攻防戦の末、天正9年3月、高天神城は落城した。武田軍の軍監横田甚五郎尹松が本国の武田勝頼に落城の報告をするために通った険しい道を「甚五郎抜け道」と言われるようになった。別名「犬戻り猿戻り」と言われるくらいの難所だった。どのくらい難所か通ってみる。2回転んだ。ほうほうの体で引き返す。
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近くには高天神城がまだ徳川の城だった頃、徳川家の軍監大河内正局が武田軍により攻め取られた際、8年間石窟に閉じ込められた。現在はキケンなので洞窟を見ることができない。

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by neo-trip | 2011-09-24 19:14 | 古道を歩く | Comments(0)

宇津の谷峠・蔦の細道

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宇都ノ谷峠は豊臣秀吉が小田原攻めの際、整備した道である。
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宇津ノ谷の集落
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宇津の谷の集落で地元のおじいさんから今の蔦の細道は場所が違うと聞いた。どこそこのだれだれの墓が昔蔦の細道にあって土砂崩れで今あっちの方に置いたが、元あった場所は覚えているが、今の蔦の細道の場所では無い。市役所に行っても取り上げてもらえなかった。私がどの辺りにあったのですかと聞くと戦時中の話になり、昭和19年宇都ノ谷峠で米軍の艦隊を狙っていたのだが、情報ではあちらは100万の大軍で、こちらは6万でとてもかなわない。それでも撃とうとすると、こちらの場所が米軍にばれてしまい、一斉攻撃を受けて村は全滅するから、1発たりとも打つのはまかりなんと上官に言われ、敵を目の前に1発も撃てずとても悔しい思いをした。そこで峠を下りると明治時代のトンネルの中に山ほどの弾薬が積まれていた。とても悔しかった。とのこと。で、私はそれは悔しいでしょうね。ところで蔦の細道にあったお墓は誰の墓でしたか?と聞くと、蔦の細道でのたれ死んだ人らしい。続けて聞くと終戦の話になり、そのころ銚子にいて、銚子では茶畑が平野で舟で運んでいて、こちらでは山の中で段々畑でリヤカーで運んでいたので(おじいさんは茶畑の農家の長男)うらやましかったが、茶摘みはなんとハサミで切っていてとても能率が悪い。そこで手積みの方法を教えてあげたら村長にえらく感謝されたらしい。そんなこんなで終戦を迎えたそうだ。私は、ああ、それは地元にいいことをしましたね。ところで蔦の細道がと聞くと、トンネルに弾薬がいっぱいあったのに1発も打てなかったという話になり、私が、ああ、それは悔しいでしょうねと言って、そのままその場を後にしたのだった。
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昔、蔦の細道にあった墓
蔦の細道は平安時代、在原業平の伊勢物語で有名になった。
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昔の農村の風景がそのまま残っている
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明治のトンネル
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大正のトンネル
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by neo-trip | 2011-09-20 11:23 | 古道を歩く | Comments(2)