いつのまにか無くなってしまうものが世の中にはたくさんあります。ご近所の風景から文化遺産、廃墟、自己の存在意義まで、管理人が魂込めて贈るメッセージです。
by neo-trip
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高天神城跡、甚五郎抜け道

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徳川と武田の厳しい攻防戦の末、天正9年3月、高天神城は落城した。武田軍の軍監横田甚五郎尹松が本国の武田勝頼に落城の報告をするために通った険しい道を「甚五郎抜け道」と言われるようになった。別名「犬戻り猿戻り」と言われるくらいの難所だった。どのくらい難所か通ってみる。2回転んだ。ほうほうの体で引き返す。
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近くには高天神城がまだ徳川の城だった頃、徳川家の軍監大河内正局が武田軍により攻め取られた際、8年間石窟に閉じ込められた。現在はキケンなので洞窟を見ることができない。

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by neo-trip | 2011-09-24 19:14 | 古道を歩く

岡崎八丁味噌今昔

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カクキューの八丁味噌入りソフト
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カクキューの工場見学をする
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カクキュー全景

岡崎は徳川家康が竹千代の時には、この周辺は織田、今川勢の勢力圏で、家康にとっては苦しい時代を過ごした場所である。岡崎名物八丁味噌の「八丁」とは、昔、城から八丁に当たる八帖村(現在八帖町)で作られたことによる。八丁味噌を作っている店は現在二軒、「カクキュー」と「まるや」である。二軒とも歴史は六百五十年以上と古く、また、隣りどうしでもある。私は10年ぐらい前に「カクキュー」にはよく来ていた。当時「カクキュー」では八丁味噌を使った料理を食べることが出来た。そのうち訪れる人も少なくなり食堂が閉鎖されたので岡崎に行かなくなった。最近昔の幸せだった頃に訪ねた所を巡るということをしているので久しぶりに味噌工場見学に来てみた。さぞや寂れているだろうと思ったら、道路に「きらり通り」の看板立っていた。なにか光るものでもあるのかと思ったらNHKのドラマ「純情きらり」で、「カクキュー」が主人公の旦那さんの実家ということで今、工場見学に来る人が多い。食堂も復活していた。「カクキュー」で工場見学したあと、ついでに「まるや」も見てやるかと思って「まるや」に言ってみると、大駐車場が出来ていた。昔来たときはもっとしょぼくれていたのに。駐車場に入ると「もう工場見学は終わりです」と「まるや」の人に言われる。「あっち(カクキューのことだろう)もきっと終わりですよ。」といわれる。私があっちから来たと知ればさぞや気分が悪いだろうと思い、「カクキュー」のお土産をそそくさと隠してあわてて帰った。

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by neo-trip | 2011-09-22 23:32 | 岡崎八丁味噌今昔

宇津の谷峠・蔦の細道

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宇都ノ谷峠は豊臣秀吉が小田原攻めの際、整備した道である。
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宇津ノ谷の集落
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宇津の谷の集落で地元のおじいさんから今の蔦の細道は場所が違うと聞いた。どこそこのだれだれの墓が昔蔦の細道にあって土砂崩れで今あっちの方に置いたが、元あった場所は覚えているが、今の蔦の細道の場所では無い。市役所に行っても取り上げてもらえなかった。私がどの辺りにあったのですかと聞くと戦時中の話になり、昭和19年宇都ノ谷峠で米軍の艦隊を狙っていたのだが、情報ではあちらは100万の大軍で、こちらは6万でとてもかなわない。それでも撃とうとすると、こちらの場所が米軍にばれてしまい、一斉攻撃を受けて村は全滅するから、1発たりとも打つのはまかりなんと上官に言われ、敵を目の前に1発も撃てずとても悔しい思いをした。そこで峠を下りると明治時代のトンネルの中に山ほどの弾薬が積まれていた。とても悔しかった。とのこと。で、私はそれは悔しいでしょうね。ところで蔦の細道にあったお墓は誰の墓でしたか?と聞くと、蔦の細道でのたれ死んだ人らしい。続けて聞くと終戦の話になり、そのころ銚子にいて、銚子では茶畑が平野で舟で運んでいて、こちらでは山の中で段々畑でリヤカーで運んでいたので(おじいさんは茶畑の農家の長男)うらやましかったが、茶摘みはなんとハサミで切っていてとても能率が悪い。そこで手積みの方法を教えてあげたら村長にえらく感謝されたらしい。そんなこんなで終戦を迎えたそうだ。私は、ああ、それは地元にいいことをしましたね。ところで蔦の細道がと聞くと、トンネルに弾薬がいっぱいあったのに1発も打てなかったという話になり、私が、ああ、それは悔しいでしょうねと言って、そのままその場を後にしたのだった。
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昔、蔦の細道にあった墓
蔦の細道は平安時代、在原業平の伊勢物語で有名になった。
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昔の農村の風景がそのまま残っている
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明治のトンネル
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大正のトンネル
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by neo-trip | 2011-09-20 11:23 | 古道を歩く

さようなら金谷大井川娯楽センター

大井川娯楽センター閉館のお知らせです。
約60年にわたりお引き立ていただきました大井川娯楽センターは建物老朽化他の理由により今月8月30日火曜日をもちまして閉館させて頂くこととなりました。
8月30日千秋楽は緞帳おろし公演をさせて頂きます。
長年にわたるご愛顧に心から感謝申し上げますとともにご愛顧頂いた皆様に今後ますますのご健勝を心よりお祈り申し上げます
以上のようなお知らせを見て愕然とした。あの雰囲気が好きだったのに。
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皆様本日はありがとうございました。チャンチャン
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by neo-trip | 2011-09-19 02:23 | 大衆演劇を楽しむ

途中下車で野田城前に降りる

豊橋から飯田線に乗って湯谷温泉に行く途中ちょっといい感じの駅があったので降りることにした。野田城前と言うことなので城跡が有るかと思いしばらく歩く。跡という印はあった。
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とりあえず立ち食いそばを食べる
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駅弁も食う
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ヨコハマタイヤの工場横にある公園
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by neo-trip | 2011-09-19 02:08 | 飯田線を行く

古代太陽の道「姫街道」

姫街道とは浜松市の三ヶ日町にある古道で、江戸時代に関所を嫌ったお姫様が通ったとされている。このあたりは大和朝廷の時代朝廷へ絹を納めていた。各土地には卑弥呼のような巫女達が祭祀を行っていた。祭祀といっても実際には暦や進んだ文化を利用して農作物の種をまく日を決めたり、科学的な測量をしたりしていた。その巫女達のことをヒメと呼ぶ。だから姫が通った道で無くヒメが通った道である。それにこのあたりの関所は結構甘く関所を嫌って険しい山道を通る必要もなかったのではないか。例えば、関所のそばに動物の通り道と言うのがあって、そこを通るのは動物だからお構いなし。となっていて地元の人たちが便利に利用していた。道の途中に鏡岩というのがあって昔は鏡のように光っていてここで身繕いをしたというが、なにをおっしゃることやら。間違いなく磐座であり、古代の祭祀跡である。ただ、姫様道中など、地元では大変なお祭りがあったりして、姫が通った道では無いなどと、地元では口が裂けても言えないのである。
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歴史ある時計が三ヶ日町の道路脇にあった
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このあたりは椿の原生林がある
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鏡岩
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by neo-trip | 2011-09-19 01:33 | 姫街道を歩く

中山道垂井宿に117クーペを見に行く

欠陥品である日産のプリーメーラが壊れたので、どうせなら一生ものの車を買おうといすず117クーペを買いに岐阜の垂井まで鈍行の電車で行く。(乗って帰るつもりだったので。)平日の朝早くから出かけ、結局お昼ぐらいに着いた。結果車検の通らない改造車だった。結局買う買わないは保留にして帰ることにしたのだが、実はこの自動車屋さんから駅まで歩いて1時間もかかるのだ。自動車屋さんは駅まで送ってくれると言ったが車を買う気がないので悪いと思って歩いて帰ると言ってしまった。私の体格を見た車屋さんに「それもいいかもしれませんね。」と言われる。しばらくだらだら歩くと中仙道に着いた。垂井の泉水という名水があった。ここまで飲まず食わずだったので相当飲んだ。近くに国分寺跡があったのだが実は会社をさぼって来たので早く帰らなければならなかったので見ることが出来なかった。
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車さがしの旅は今もつづく。
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by neo-trip | 2011-09-18 21:51 | 中山道

渋川の凱旋門

凱旋門といえば戦争中に頑張った兵隊さんを迎える門である。太平洋戦後日本軍が悪いという教育を受けていた人たちは、悪い日本軍の兵隊を迎える門などけしからんということで各地の凱旋門はなくなった。渋川の凱旋門は太平洋戦争とは関係ない日露戦争の凱旋門なのに取りつぶされそうになった。だがこの凱旋門は明治期に地元の人たちが大変な出費をして作った物である。だいたい日露戦争は大国に日本が勝ったことでアジアの植民地の人々に希望を与えた戦争である。悪く言われる筋合いはないのだ。結局渋川の凱旋門は地元の人たちの希望により取りつぶしは免れた。
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近くの親水公園では定刻になると機械がひよんどりを踊る。大仕掛けのオートマタである。
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渋川の街並み
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by neo-trip | 2011-09-18 21:23 | 明治の遺跡

天竜舟下りを楽しむ

先日大変な事故を起こしてしまった舟下りだが、その楽しさを解って頂きたく、会社が大変で奥さんに怒られている現在にも関わらず書き込むことにした。
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船頭さんが歌を歌ってくれる。
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天竜舟下りはいつのころからか天竜浜名湖鉄道が運営するようになった。天浜線では昔、コスト削減のため永年勤め上げていた現場の人間を大量にリストラし、外部に仕事を委託し、事故が起きて1人死んだことがある。当時天浜線では売り上げを伸ばすため、現場の人間は減らして、事務職(売り上げを上げることを考えられる人間ということだろう)を増やしていた。もちろん第三セクターの苦しさで天下りも相当入っていた。そのような経営方針では現場の状況を把握するのは難しい。前回の事故の時は、出稼ぎに来ていた日雇いのような人が亡くなった。いわば素人に危ない仕事をさせていたわけである。今回の舟下りの事故も経験の浅い船頭さんだったらしい。どちらも事故を起こした人間のミスとして会社は発表した。テレビで社長の説明の会見を見た。どうみても鉄道員の顔ではない。銀行員か会計士の顔である。人ごとのような顔をしていた。今、鉄道ブームで天浜線もそこそこ話題になっている。経営にはそこそこ成功しているのだろう。経営が健全になり、現場を重んじられるゆとりをもってもらいたい。
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by neo-trip | 2011-09-18 20:53 | 天竜舟下り