いつのまにか無くなってしまうものが世の中にはたくさんあります。ご近所の風景から文化遺産、廃墟、自己の存在意義まで、管理人が魂込めて贈るメッセージです。
by neo-trip
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無くなってしまったものシリーズその1.旧花島小学校、設楽駅、飯田町の農家

いつのまにか無くなってしまうものが世の中にはたくさんあります。
最近無くなってしまったものをご紹介します。
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旧春野町の旧花島小学校の在りし日の姿
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旧春野町の旧花島小学校の在りし日の姿
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旧春野町の旧花島小学校現在の姿
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愛知県設楽群の設楽駅の在りし日の姿
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愛知県設楽群の設楽駅の在りし日の姿
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愛知県設楽群の設楽駅の現在の姿
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浜松市飯田町の古い農家の在りし日の姿
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浜松市飯田町の古い農家の在りし日の姿
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浜松市飯田町の古い農家の現在の姿
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by neo-trip | 2012-04-21 18:36 | 無くなってしまったもの | Comments(0)

磐田市旧竜洋町 明野陸軍飛行学校天竜分教所跡

旧竜洋町の袖浦公園には戦時中、戦闘機乗りの養成所だった三重県明野の大日本帝国陸軍明野陸軍飛行学校の分教所跡がある。現在は格納庫の一部が残っている。公園内には航空自衛隊からいただいたF-86F戦闘機があって、さわり放題である。余談だが私の母は学徒動員で戦闘機のプロペラを作っていて、こんな子どもが作ったプロペラで飛ぶ兵隊さんが気の毒だと思っていたそうだ。
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by neo-trip | 2012-04-18 00:41 | 戦争遺跡を訪ねて | Comments(0)

シビック1200RSで春野町「熊切小学校五和分校」へ行く

春野町はもともと山の村である。小さな山がいっぱいあって、その山毎に集落が有り、小学校があった。現在春野町の中心部は山で無く平地になっているので、当然山にあった学校は統廃合され、平地に降りてきた。熊切小学校五和分校という名前だが、熊切と五和では場所が違う。熊切小学校五和分校とは。五和にある熊切小学校の支店のようなものだ。昭和29年から31年までしか使用していないところからも小学校のありかたの紆余曲折ぶりがうかがえる。それでもおらが村にも小学校をという心意気が素晴らしい。春野や天竜から数々の偉人が出現しているのもその心意気のためだろう。
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by neo-trip | 2012-04-15 19:37 | 廃校を訪ねて | Comments(0)

シビック1200RSで浜松市春野町「川上小学校跡」へ行く

春野から大井川に抜ける途中に川上小学校跡がある。通行止めの出兵橋を渡ると小学校入り口がある。校舎は無いが遊具が残っている。なかなか立派な小学校だったのだろう。
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通行止めになっているが車がダメで人はいいのだと言い聞かせて通る。
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橋から川を望む。
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校門だ
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牛のオブジェがある。
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小屋がある。小屋の前の二宮金次郎先生の像が無くなっている。(以前はあった)
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小屋に入ってみる。
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帰りに気田川の河原で工事している現場があった。建物がえらく古いが現役である。春野町は奥が深い。
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by neo-trip | 2012-04-15 19:12 | 廃校を訪ねて | Comments(0)

浜松市春野町「勝坂」廃校廃城

以前水窪の高根城を紹介したが、高根城から二俣城に掛けて、武田と家康が取り合った城がいっぱいある。二俣から春野町に入ると勝坂神楽の里がある。ここには徳川家康が飲んだありがたいわき水があるので、家康にあやかって飲んでいく。近くには昭和30年代に建てられた勝坂小学校がある。実は浜松市にはこういった廃校が驚くほどたくさんあってホームページなどで、何かに使って下さいとお願いしているのだ。春野町は特に多い。ここの小学校は公民館として使用されている。なぜか二宮金次郎先生の像が見当たらなかった。この地から水窪の高根城方面に向かうと勝坂城砦跡がある。砦に登る道があるような無いような危険な感じなので隣の山へ登ってみる。なぜかハシゴのようなのがある。ぼろいので危険である。砦の景色もよく見えなかった。
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勝坂神楽の里の茶屋
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家康が飲んだ湧水
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勝坂小学校
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勝坂城砦(橋の向こう左)  
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勝坂城砦(登れない)
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隣の小山を上る
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下を見る
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上を見る
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陸軍中野学校二俣分校校址
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正面は天竜区役所(ここに中野学校があった)
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明治から昭和に掛けて陸軍の訓練用船のいかり

帰りに二俣にある「陸軍中野学校二俣分校址」を見ていく。ルバング島に29年間暗躍していた小野田寛郎少尉がここの出身である。子供心にも、恥ずかしながらのグアムの横井庄一さんと小野田寛郎少尉とは精悍さが違うと思っていたが、小野田少尉は中野学校出身と聞き「なるほど」と思ったものだ。横井庄一さんは、ただ、隠れていたのに対し、小野田少尉は諜報活動を続けていたのだ。その小野田少尉は従軍慰安婦も南京大虐殺も無かったと言っている。小野田少尉が言っているのだからそれは正しいと思う。なぜなら、陸軍中野学校のポリシーは、情報に流されず、物事を正しく判断することの訓練を第一としていた。敵味方とか、知り合いとか上司とか関係ないのである。そうでなくてはスパイは勤まらないのだ。今、私の会社では取引先の銀行から、見込みが無いとか、従業員は辞めた方がいいとか(本当に従業員辞めた)、廃業したほうがいいとか言われ、途方に暮れているのだが、自分でしっかりと判断したいものだ。

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by neo-trip | 2012-04-14 21:16 | 城址のある風景 | Comments(0)