いつのまにか無くなってしまうものが世の中にはたくさんあります。ご近所の風景から文化遺産、廃墟、自己の存在意義まで、管理人が魂込めて贈るメッセージです。
by neo-trip
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中山道垂井宿に117クーペを見に行く

欠陥品である日産のプリーメーラが壊れたので、どうせなら一生ものの車を買おうといすず117クーペを買いに岐阜の垂井まで鈍行の電車で行く。(乗って帰るつもりだったので。)平日の朝早くから出かけ、結局お昼ぐらいに着いた。結果車検の通らない改造車だった。結局買う買わないは保留にして帰ることにしたのだが、実はこの自動車屋さんから駅まで歩いて1時間もかかるのだ。自動車屋さんは駅まで送ってくれると言ったが車を買う気がないので悪いと思って歩いて帰ると言ってしまった。私の体格を見た車屋さんに「それもいいかもしれませんね。」と言われる。しばらくだらだら歩くと中仙道に着いた。垂井の泉水という名水があった。ここまで飲まず食わずだったので相当飲んだ。近くに国分寺跡があったのだが実は会社をさぼって来たので早く帰らなければならなかったので見ることが出来なかった。
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車さがしの旅は今もつづく。
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# by neo-trip | 2011-09-18 21:51 | 中山道

渋川の凱旋門

凱旋門といえば戦争中に頑張った兵隊さんを迎える門である。太平洋戦後日本軍が悪いという教育を受けていた人たちは、悪い日本軍の兵隊を迎える門などけしからんということで各地の凱旋門はなくなった。渋川の凱旋門は太平洋戦争とは関係ない日露戦争の凱旋門なのに取りつぶされそうになった。だがこの凱旋門は明治期に地元の人たちが大変な出費をして作った物である。だいたい日露戦争は大国に日本が勝ったことでアジアの植民地の人々に希望を与えた戦争である。悪く言われる筋合いはないのだ。結局渋川の凱旋門は地元の人たちの希望により取りつぶしは免れた。
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近くの親水公園では定刻になると機械がひよんどりを踊る。大仕掛けのオートマタである。
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渋川の街並み
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# by neo-trip | 2011-09-18 21:23 | 明治の遺跡

天竜舟下りを楽しむ

先日大変な事故を起こしてしまった舟下りだが、その楽しさを解って頂きたく、会社が大変で奥さんに怒られている現在にも関わらず書き込むことにした。
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船頭さんが歌を歌ってくれる。
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天竜舟下りはいつのころからか天竜浜名湖鉄道が運営するようになった。天浜線では昔、コスト削減のため永年勤め上げていた現場の人間を大量にリストラし、外部に仕事を委託し、事故が起きて1人死んだことがある。当時天浜線では売り上げを伸ばすため、現場の人間は減らして、事務職(売り上げを上げることを考えられる人間ということだろう)を増やしていた。もちろん第三セクターの苦しさで天下りも相当入っていた。そのような経営方針では現場の状況を把握するのは難しい。前回の事故の時は、出稼ぎに来ていた日雇いのような人が亡くなった。いわば素人に危ない仕事をさせていたわけである。今回の舟下りの事故も経験の浅い船頭さんだったらしい。どちらも事故を起こした人間のミスとして会社は発表した。テレビで社長の説明の会見を見た。どうみても鉄道員の顔ではない。銀行員か会計士の顔である。人ごとのような顔をしていた。今、鉄道ブームで天浜線もそこそこ話題になっている。経営にはそこそこ成功しているのだろう。経営が健全になり、現場を重んじられるゆとりをもってもらいたい。
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# by neo-trip | 2011-09-18 20:53 | 天竜舟下り

木喰上人が訪ねた小さな集落、浜松市浜北区堀谷-四大池周辺

浜北森林公園の山を北に登っていくと四大池に着く。山の頂上が「太平洋富士見平」だ。昔はそこそこの観光地でホテルまである。現在では廃墟になっている。ドアが空いていたので入ってみる。フロント、大宴会場、屋上の展望台など、私の目から見れば十分魅力的だ。廃墟というのは人の一生に似ている。その建物の人生がそこに垣間見られるのだ。山を下り更に北上すると堀谷の里に出る。地元のおじさんに木喰上人の寺と昔の分校跡の場所を教えて貰う。昔の学校跡は現在建物が建て替えられ、人が住んでいるとのこと。登ってみると犬に吠えられ近くまで行けない。仕方がないので、誰かのどうということもない家だけ撮影してみた。堀谷の里は本当に小さい。木喰上人の作った木像は外に展示してあった。初めは本物かどうか眉唾物かと思ったが、しっかり見ると紛れもなく本物である。実は私の鑑定は大した物である。以前地元の展示場で絵画を売っている人に、偽物ということを指摘したことがある。また、古本屋で1枚50円で売られていた印刷物を、芹沢佳介の型染めに違いないと思い、全て買い占めて後でまぎれもなく本物と言うことが判明したこともある。本物と偽物は分かるのだ。この木喰上人の像は本物である。こんな山奥の小さな寺に素晴らしいお宝があるもんだと感心する。堀谷には怪しい洞穴もあり、何かを祭っていたりする。あやしい集落である。
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富士見平に向かう途中の山村風景。
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富士見園スカイホテル
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富士見園スカイホテルフロント
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富士見園スカイホテル大宴会場
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富士見園スカイホテル通路
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富士見園スカイホテル屋上からの風景
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富士見園スカイホテルシンボルタワー
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富士見平よりの眺望

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分校跡にある民家
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木喰上人作の木像
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洞穴
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洞穴に入ってみる
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行き止まりみたいだ
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洞穴より下界を望む
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崖崩れで壊れた家
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堀谷の街並
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# by neo-trip | 2011-03-12 19:11 | 山間の集落を訪ねる

追悼 豊田正子

豊田正子さんが昨年12月に亡くなられていました。
追悼の意味を込めて過去のトリップ管理人の部屋より記事をご紹介します。

綴方教室の豊田正子と高峰秀子
実は私、今、高峰秀子がマイブーム(古い?)なのだ。先月鳳来町にある鳳来館で行われた「二十四の瞳」上映会にわざわざ行ったほどだ。先日CSで昭和14年制作、高峰秀子主演の「綴方教室」を放映していた。子供の頃のデコちゃんはかわいい。この「綴方教室」は当時小学生だった豊田正子の作文が本になったものが原作である。そこで、昔、よく話題になった、豊田正子と高峰秀子の確執について検証する。

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昭和12年ラジオ放送で綴方教室を朗読する豊田正子(15)

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朗読を聴きたい方はhttp://www.ai-trip.com/のお問い合わせから豊田正子の朗読が聞きたいとメールしてください。データを送ります。

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昭和14年7月主婦の友で対談する豊田正子(18)と高峰秀子(16)
高峰秀子の豊田正子への第一印象は、貧乏人の屈折したところが無く、大らかな人柄に羨望と尊敬をおぼえ、好感を持ち、会うのが楽しかったと言っている。豊田正子は高峰秀子とは住む世界が違うと考えていたらしい。豊田正子は昭和13年8月の映画情報誌に「高峰さんが撮影所にいる私達がうらやましいでしょうと言ったが、私はうらやましがってもしょうがない。そんなこと考えてもつまらない。」と書いている。要約するとこんな感じだが、これだと高峰秀子の自慢に豊田正子が反発しているように聞こえる。でもよく読んでみると、女優と女工を比べても意味がない。撮影所を見学させてもらったからと言っていい気になって高峰さんと自分を同等に比べるなどとはとんでもないことだ。という謙虚な意味であって、反感など持っていないのである。高峰秀子は、豊田正子を同等に扱って、自分の友達のような感じで、うらやましいでしょといい、豊田正子は自分の立場をしっかりと理解し、ちやほやされながらも堅実な考えを持っていた。
それをマスコミが高峰秀子が自慢し、豊田正子が反発したと、ゴシップ記事を書いたらしい。そのゴシップ記事に高峰秀子が抗議すると、高峰秀子が豊田正子に抗議したと書かれたようだ。

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「話」昭和13年11月号菊池寛と対談する豊田正子(17)
この対談で、菊池寛に食べ物では何が好きか聞かれた豊田正子は梅干しと答えた。当時豊田正子は貧乏のどん底にいて、マスコミにもてはやされていても、工場で働く毎日だった。しかし、貧乏だから梅干しが好きといったわけではなく、他にもいろいろ贅沢なものも好きだが、人間本当に飽きないものはそういうものだと語っている。ある意味、悟りを開いたような意見であるし、あまり素直な受け答えではないような気もするが、これが、豊田正子流のジョークなのであるし、本当に酸っぱいものが好きらしい。当時豊田の家庭では母親の不倫問題、生活苦など、様々な苦悩があり、天真爛漫に、好きなものはステーキ、などとは答える気がなかったのかもしれない。菊池寛が、将来、何になりたいか聞いたときも、何にもなりたくないと答えている。


この当時マスコミは、「好きな食べ物は?」と二人の少女に聞くと、高峰秀子は「いま、おなかがいっぱいなので分からない。」と答え、豊田正子は「梅干しとごはん」と答えたと記事にした。華やかな女優と貧しい女工の対比をおもしろおかしく書いたようだ。高峰秀子は後の自身のエッセイで、私がそんな殿様みたいな答えをするはずもなく、豊田正子も、そんなわざわざ自分を貧乏に見せるようなあざとい答えをするはずがないと言う意味のことを語っている。実際には梅干しが好きと行っているのだが、豊田正子はマスコミ受けをねらってあざとい答えをしたのではなく、前述の様な、豊田正子流ジョークを交えた正直な答えなのであった。ちなみに、主婦の友での対談では、豊田が「梅干しが好き」といい、高峰が「変なの」と語っている。
このような出来事があり、高峰秀子と豊田正子はなんとなく疎遠になった。


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昭和14年1月28日豊田正子の手紙
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昭和14年2月3日豊田正子の手紙



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アサヒグラフ昭和14年7月号の豊田正子(17)
あの人は今、というようなコーナーで出演。
工場で着る作業服を洗濯中。



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昭和16年の豊田正子(20)「粘土のお面」より



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綴方教室の舞台化が決まったときの豊田正子


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私の支那紀行執筆のため中国へ行った豊田正子(21)。昭和17年南京のお寺にて。この本のあとがきで検閲で変更させられたところを暴露している。本の内容は検閲しても、あとがきまでは検閲しなかったのだろう。おそるべし豊田正子である。

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映画綴方教室
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# by neo-trip | 2011-02-13 15:05 | 豊田正子と高峰秀子